東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)153号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第一一号証(昭和四六年特許出願公告第四三六九五号公報、以下「本件公報」という。)によれば、本件各発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。
本件各発明は、表面に緻密強固な酸化物皮膜形成層を有し、内部が還元層からなる焼結ペレツト状のクロムを含有する冶金用添加剤として好適な還元焼結ペレツトの製造方法に関するものである(本件公報第一欄第一五行ないし第一八行)。
従来クロム鉱石から高炭素含有のフエロクロム合金を製造するには、クロム鉱石と炭素質還元剤とを造滓剤と共に電気炉に装入し浴融製錬する方法が一般的であるが、このような方法は電力を多量に消費し製造コストが嵩むという難点があり、他方、クロム鉱石を一〇〇〇~一三〇〇℃で炭素質還元剤と反応させ、いわゆる固相状態で鉱石中の鉄・クロムの酸化物の一部又は大部分を還元させ、クロム系合金の製造に役立つ方法も提案されている。しかしこのような温度域での反応は、長時間還元処理を行う関係上、炭酸ガス、水蒸気、酸素等還元生成物たるカーバイドあるいは炭素質還元剤に対して酸化性を有するガスを含む雰囲気下では実質的に還元反応を遂行することが困難であり、従来工業的には実質的に一酸化炭素中、もしくは窒素、アルゴン等の不活性ガス中で処理する方法が採られている。したがつて、工業的装置としてマツフル炉、真空炉などの特殊な装置を必要とし、かつ反応を進行させる高温状態と反応に必要なエネルギーの供給を安価な燃料の燃焼下で実施し得ないという欠点がある(第一欄第一九行ないし第二欄第一三行)。
本件各発明は、クロム鉱石を炭素質還元剤で還元し、クロム系合金の製造に役立つ状態にする場合、反応を促進させる高温状態と、反応に必要な熱を燃料の燃焼エネルギーを利用することを前提主題とし、酸化性ガスを含有する燃焼炎下で反応を実質的に遂行させ表面に緻密強固な酸化物皮膜形成層を有し、内部が還元層からなる還元焼結ペレツトの製造法を提供することを目的とし(第二欄第一四行ないし第二二行)、本件発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものであり(第一〇欄第二〇行ないし第三八行)、本件第一発明は、クロム鉱石と炭素質還元剤との粉末混合原料に粘結剤を加えてペレツト状に造粒し、この造粒物を酸化性燃焼気流中で一二〇〇~一五〇〇℃の温度領域下で転動させつつ還元バイ焼することにあり、本件第二発明は、クロム鉱石と炭素質還元剤との粉末混合原料にスラグ化成分調整のためのフラツクス(けい砂、石灰あるいはこれらの代替物)を混合し、これに粘結剤を加えて造粒する点に特色がある(第二欄第二五行ないし第三五行)。
本件各発明は、右構成を採用したことにより、ペレツト表面に緻密強固な焼結皮膜層が形成され、これにより酸化性燃焼ガスのペレツト内部への浸透抵抗が増大し、ペレツト内部は実質的に還元反応が進行し得る雰囲気に保もたれる。さらには、この皮膜層が緻密であることからバイ焼ペレツトは大気中においても不活性状態が維持されるので赤熱状態で次工程へ移行する場合、還元成分及び炭材が酸化されない(第三欄第二六行ないし第四欄第三行)。また、本件第二発明においては、フラツクスの添加により、クロム鉱石中のクロム分の還元が促進され、またバイ焼物が著しく焼き締まりし、密度、強度が増加し、取扱い、貯蔵に好都合である(第五欄第六行ないし第六欄第四行)という作用効果を奏するものである。
(二) 他方、第一引用例ないし第九引用例には審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。
2 相違点の判断について
原告は、第二引用例には予め皮膜を被覆しない方法が記載されており、本件第一発明は第二引用例に記載の実施例Ⅰに、第二発明は実施例Ⅴに記載されている方法と実質的に変わりはない旨主張するので検討する。
成立に争いのない甲第二号証によれば、第二引用例には次のような記載があることが認められる。
「この発明は新しい成形物と成形物を製造する方法の改良と成形物を熱処理する方法に関するものである(第一欄第一〇行ないし第一二行)。」「本発明の目的は、燃焼雰囲気下の高温炉の操業において、成形体または鉱石と炭素質物質の還元を向上させる方法にある。本発明の他の目的は、高温のロータリー・キルンの操業において、大きな容量で還元率を改善することである。さらに別の目的は良好な表面コーテイングを施した成形体の製造方法を提供することである(第一欄第四九行ないし第五七行)。」「上に示した目的を完成する方法は、微粉砕された酸化物鉱石と、この酸化鉱石中の金属成分に相当する全酸素を一酸化炭素に変換し、少なくともほぼ全量の金属成分のカーバイドを生成させるための化学量論量より過剰な炭素質還元剤とを混合し、その混合物を成形して芯体とし、少なくとも一種の酸性スラグ形成成分と少なくとも一種の塩基性スラグ形成成分で芯体をコーテイングし、鉱石の還元を生ぜしめるために熱源にその成形体をさらして、さらに非酸化性条件下で成形体を熱源から取り出すことから成る(第一欄第六三行ないし第二欄第二行)。」「芯体混合物中に蛍石のようなフラツクスを少量入れることは、鉱石と還元剤の間の反応速度を増加するため望ましいことである。また、石灰石や焼石灰は、鉱石や炭素質還元剤からの硫黄の除去に役立ち、最終還元金属へのその有害な影響を減少させるため好んで使用される(第三欄第四五行ないし第五一行)。」「実施例Ⅰ鉱石一〇〇部を三二五メツシユパス九八%まで粉砕した。鉱石はおおよそつぎの組成をもつている。還元用コークス三〇部は三二五meshパス九五%まで粉砕した。コークスは大体つぎの組成である。
重量%
全クロム(酸化物として)……30.68
全鉄(酸化物として)……19.77
SiO2……2.10
MgO……11.28
CaO……0.11
Al2O3……15.16
固定炭素……79.45
揮発分……6.87
灰分……13.68
水分……0.70
硫黄……0.81
鉄……1.24
上記の鉱石とコークスを二〇〇メツシユ以下に粉砕された市販蛍石二部と十分に混合し、五重量%の珪酸ナトリウム溶液を加えて傾斜回転盤上で造粒し、直径でおおよそ〇・五~〇・七五インチの球状体に成形した。成形体のうち半分は乾燥し、秤量してコーテイングしない成形体としてキルンで使用するため準備した。(中略)コーテイングされたものとコーテイングなしの成形体、それぞれ二五〇〇grを〇・二五インチないし一四メツシユに粉砕された埋込み用石炭三七五〇grを入れてあるロータリー炉に別々に装入した。ロータリー炉中の原料はおおよそ二五~九〇〇℃まで四五分間で中性炎で加熱され、さらに温度を九〇〇から一四〇〇℃まで三五分間で上昇させた。原料は最大温度には保持されずに最終温度に達すると、直ちに炎を小さくして原料を冷却するために、埋込み用石炭二〇〇〇grを加えた。それから反応した成形体を固体炭酸ガス中に取り出し、埋込み物質から分離した(第五欄第九行ないし第六三行)。」「実施例Ⅴ酸化物として、三〇wt%、クロムと一〇wt%の鉄を含有し、脈石成分として一五wt%のAl2O3、一〇wt%のMgOおよび三wt%のSiO2を含有するクロム鉱石を三二五メツシユの標準ふるいで九六重量%を通過するまで粉砕した。この粉砕鉱石一〇〇部に三二五メツシユ以下のチヤー・コール三〇部、二〇〇メツシユ以下の炭酸カルシウム四部、および二〇〇メツシユ以下の弗化カルシウム二部を混合した。この混合粉末を傾斜型回転盤造粒機で、八%の珪酸ナトリウムバインダーを用いて、約〇・二五インチないし四メツシユの小粒になるまで造粒した。この小粒を乾燥器で乾燥した。乾燥したコーテイングなしの小粒三四〇〇gを、鉄系灰分を六wtg%含有するチヤー・コール三三〇〇grとともにロータリー・キルンに装入した。そのキルン温度を一四〇〇℃まで昇温し、一〇分間その温度で保持した。全加熱時間は八一分である。反応した小粒を非酸化性条件のもとで取り出し、冷却した(第七欄第三六行ないし第五七行)。」
右記載事実及び前記1(二)で認定した第二引用例記載の技術的事項からすると、第二引用例記載の特許出願に係るものは、鉱石と炭素質還元剤との造粒物を燃焼雰囲気下にロータリー・キルン中で燃焼する方法において、その還元率を改善するために造粒物にコーテイングを付与する工程を備えた方法であるが、第二引用例には、その実施例中に、比較例としてコーテイングしないものをロータリー・キルン中で焼結する方法が示されている。そして、この例において、蛍石、炭酸カルシウム、弗化カルシウム(蛍石に同義)のようなフラツクス成分は入れることが望ましいとされる程度の任意成分であるから、第二引用例には、任意成分であるフラツクスを混合したあるいは混合しない鉱石と炭素質還元剤との混合物を粘結剤を加えて造粒し、この造粒物をコーテイングしないままロータリー・キルン中に装入し、一四〇〇℃で転動しながら還元焙焼するという方法が開示されているものと認められる。
してみると、第二引用例に記載の実施例Ⅰ及びⅤ中のコーテイングしない比較例において、任意成分である蛍石を除いてみると、クロム鉱石とチヤー・コール(炭素質還元剤)との原料に珪酸ナトリウム(粘結剤)を加えて造粒したものは、本件第一発明の還元バイ焼前のペレツト状の造粒物に相当するものであり、また、該原料に蛍石などのフラツクス成分を添加した混合物の造粒物は、本件第二発明の還元バイ焼前のペレツト状の造粒物に相当するものに他ならず、本件第一発明及び第二発明は、第二引用例に実質的に記載されている発明であると認められる。
被告は、第二引用例に記載のものは、<1>ペレツトに保護耐摩耗皮膜を被覆すること、<2>多量の炭材をクツシヨン材として用いること、<3>実施例Ⅰにおいては、埋め込み用石炭二〇〇〇gをさらに加えて冷却し、然る後、反応したペレツトを固体炭酸ガス中に取り出す工程(被告主張欄に記載の(I)、(J)の工程)が必要であり、実施例Ⅴにおいては、焼成したペレツトを非酸化性条件下に取り出す工程(被告主張欄に記載の<4>の工程)が必要であつて、本件第一発明、第二発明とはこれらの点において相違する別異のものである、と主張する。
しかしながら、ペレツトに保護耐摩耗皮膜を施さないものが第二引用例に記載されていることは前記認定したとおりである。また、クツシヨン材を用いることについて、成立に争いのない甲第一号証によれば、第一引用例には、「本発明の更に他の目的は、ロータリー・キルン中で反応物質のペレツトを熱処理するための改良方法を提供することであり、その方法は、ダストのない粒状物質を成形されたペレツトと混合し、前記ロータリー・キルン中に前記混合物を装入し、そこではペレツトが前記粒状物質に埋設し、それによつて、キルン中でのペレツトの摩耗と崩壊ならびにキルン壁への付着物の生成を防止することから成る(第一欄第五五行ないし第六三行)。」と記載されていることが認められ、右事実からすると、ロータリー・キルン中でクツシヨン材を用いてキルン中でのペレツトの摩耗、崩壊等を防止していることが認められ、また第二引用例の記載においても、前記認定したとおり、ロータリー・キルン中でクツシヨン材を用いながら転動、焼結していることからして、クツシヨン材を用いることは、ペレツトをロータリー・キルン中で転動させる際の慣用の手段であると判断し得るものである。
次に、被告が主張する実施例Ⅰの(I)、(J)の工程及び実施例Ⅴの<4>の工程についてであるが、成立に争いのない甲第二号証によれば、第二引用例記載のものの特許請求の範囲には前記各工程を構成要件とする旨の記載は認められず、これは第二引用例記載のものの一実施態様にすぎず、しかも、前記認定した本件第一発明及び第二発明の要旨からすると、右工程は本件第一発明及び第二発明の構成要件でもないのである。してみると、第二引用例記載のものの一実施態様における差異をもつて、第二引用例記載のものは本件第一発明、第二発明とは別異の発明であるとすることはできず、被告の前記主張は採用し得ない。
3 以上のとおりであつて、審決は、本件第一発明及び第二発明における相違点についての判断を誤つたものであり、これが審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、違法として取消しを免れない。
第三 よつて、特許第九三九八七〇号の特許請求の範囲第一項、第二項についての審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編注〕本件発明の要旨は左のとおりである。
1 クロム鉱石と炭素質還元剤との粉末混合原料に粘結剤を加えてペレツト状に造粒し、この造粒物を酸化性燃焼気流中で、一二〇〇~一五〇〇℃の温度領域下で転動させながら還元バイ焼することを特徴とする還元焼結ペレツトの製造法(以下「本件第一発明」という。)
2 クロム鉱石と炭素質還元剤との粉末混合原料にスラグ化成分調整のためのフラツクスを混合しこれに粘結剤を加えてペレツト状に造粒し、この造粒物を酸化性燃焼気流中で、一二〇〇~一五〇〇℃の温度領域下で転動させながら還元バイ焼することを特徴とする還元焼結ペレツトの製造法(以下「本件第二発明」という。)
3 クロム鉱石と炭素質還元剤との粉末混合原料に、粘結剤もしくはスラグ化成分調整のためのフラツクスと粘結剤とを加えてペレツト状に造粒しこの造粒物の表面にバイ焼により皮膜を形成し易い酸化物をコーチングしたる後、酸化性燃焼気流中で、一二〇〇~一五〇〇℃の温度領域下で転動させながら還元バイ焼することを特徴とする還元焼結ペレツトの製造法(以下「本件第三発明」という。)